
過去に大きなことがあった日は当時のことが思い出される。
阪神大震災の日
父の通夜だった。自宅で行っていた。自宅で葬式をしたいと庭も客間もお焼香の通路まで考えて建て直した家だ。
夜通し起きていた。明け方、ゆ~らゆ~らと酔いそうな揺れがずっと続いていて変な地震と思っていた。TVはまったく見ていなかった。
翌日、葬儀屋さんが「ここの葬儀が終わったらすぐに関西に向かう」と言っていた理由も知らなかった。
まさかあんな遠くの地震が東京まで伝わってきていたとは思わなかった。
葬式後にTVを見てすごいことになっているとビックリした。
憔悴した母がポツリと「申し訳ないけど気が紛れるわ」と言っていたのをよく覚えている。
地下鉄サリン事件の日
生きていれば父の誕生日。お祝いをしているはずだった。
前日が日曜日で翌日が春分の日ということもあり自然と家族が集まっていた。
朝TVを付けて知った。サリンが撒かれた駅を通勤で使う同僚たちに慌ててメールをした。
ひとりだけ返信が来ず心配したが、あとで寝坊してたとわかって安心した。
中越地震の日
地震が発生してすぐに新潟の友達に電話した。幸い家族全員無事。家具倒壊もなく物が落ちてきただけだそう。
5分後に再度電話したが既に回線がパンクして使えない。メールも届かない。
たしかこのあたりのこういうことが教訓でネットやケータイの回線などが発展したように覚えている。
熊本地震の日
最大の震度を記録した和水町に叔母が住んでいた。慌てて電話した。
見晴らしの良い高台に自宅があるが特にTVで言うほどの大変なことにはなっていないと言う。ホッとした。
でもそのあと菊池川からもほど遠い平地に引っ越したのでやはり何か思うことがあったのだろう。
東日本大震災の日
南相馬市に住む友達に連絡をしたが返信が来ない。
まさか!? と思ったが翌日に返信が来た。良かった。
会社が高台にあったので大丈夫だったが急遽避難所として使われて社員は避難してきた人の対応で大変とのこと。
そして「気が紛れて助かる」と母と同じようなことを言っていた。
「ご家族や彼氏も無事?」彼女は結婚を控えていた。
返信は「私は大丈夫」とだけ。
津波の水が引いた頃に会社から自宅方面を撮った写真が送られてきた。何もない。茶色い平地があるだけ。
「ご家族はどうしてるの?」再度聞いてみた。
返信は「私は福島市の上司宅にお世話になっている」とだけ。
それ以上聞けず、連絡もはばかられて現在に至る。どうしてるのだろう。
他にも日航機ジャンボ墜落の日、911の日など。大きな事件、事故、震災などがあった日の記憶はやけに鮮明だ。
なぜか嬉しくないことはよく覚えている。。。。
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